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サッカーの東京都1部リーグ南葛SCは22日、元日本代表MF福西崇史氏(41)=愛媛県新居浜市出身=が、選手として入団すると発表した。
2008年シーズンを最後に引退して以来、10年ぶりの現役復帰となる。

 福西氏は1995年に新居浜工業高から磐田に入団し、FC東京、東京Vを渡り歩いた。身長181センチ、体重77キロの体格を生かした大型ボランチとして活躍し、J1通算349試合62得点。日本代表としても国際Aマッチ64試合で7得点を記録しており、2002年、06年のワールドカップにも出場した。

 南葛SCは、サッカー漫画「キャプテン翼」の作者高橋陽一氏が後援会長を務めるクラブで、Jリーグ加盟を目指している。クラブが発表した福西氏の談話によると、高橋氏からのオファーで入団を決断したという。

 福西氏は「多くの選手と同じく、『キャプテン翼』を読んでサッカーにはまった。将来はJリーグの監督を目指しており、現場の空気を吸い、真剣勝負の場に身を置くことはプラスになると考えた」としている。
サッカーFC今治の岡田武史オーナーを学長に地域、日本、世界をリードする若者を養成するサバイバルワークショップ(WS)「バリチャレンジユニバーシティ2018」が17日、愛媛県今治市片原町1丁目の市交流施設「はーばりー」を基地に始まった。冒険心あふれる県内外の大学生ら約50人が「スポーツを通じたにぎわい創出」を命題に19日まで空前絶後、抱腹絶倒のアイデアを求め、夜通しの議論などで知力体力の限界に挑む。
(20日、高校野球 大阪桐蔭5-2済美)

 野球をやめる。昨秋に憧れていた済美のユニホームを脱ぐ覚悟を決めた。

 生まれつき、視覚に障害があり色の判別がしづらい。幼い頃、絵を描く時に、母に「顔の色は何色に塗ればいいの?」と聞いたことがあった。小学3年で始めた野球では、中学までは白い土のグラウンドでボールは見えていたが、高校で黒土になってから見えにくくなった。さらに、ナイター照明を使った練習が増え、より打球が見えにくくなった。守備の時に1歩目が遅れ、キャッチボールは相手の投げ方を見て予測してグラブを出すようになった。このままではチームに迷惑をかける。そんな思いが募った。

 昨秋、背番号3をもらって一塁手で出場した。しかし、愛媛県大会の準決勝でミスをし、負けた。「見えなくてミスをしたわけではないけど、もし、見えないことでミスをしたら、みんなに申し訳ない」。心は決まった。監督に事情を話し、マネジャーに。記録員という役割をもらった。

 正直、野球を続けたかった思いはある。代打だけ、という道もあったかもしれない。でも、胸にしまい込んで、裏方に徹した。「チームのためにやれることを全てやる」。準備を手伝い、声を出し、仲間をサポートした。

 全国4強。「お前を甲子園に連れて行く、と言ってくれた仲間もいた。みんなに感謝しかない」。周りを照らすような子になってほしい、と名付けられた「太陽」は、満面の笑みで甲子園を去った。

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 野球をあきらめる時、唯一、母の貴子さんの前でだけ太陽は泣いた。昨秋のある日、自宅で母と2人きりになった。食事をしながら、胸の内を明かした。「やっぱり、見えないんよ」

 母は「どれくらい見えんの」と聞いた。太陽は「2、3メートル手前からしか見えん」。母は驚いた。もっと気にしてあげられたのではないか、と自らを責めた。母は遺伝が関係している可能性があることも知っていた。「ごめん……」と泣いた。太陽は「泣かんで。お母さんが悪いわけじゃないから」と言ったが、涙が止まらなかった。

 夏の大会が始まる直前の今年6月、太陽は母に手紙を渡した。「迷惑かけてごめん。甲子園に連れて行くから」。母も書いた。「最後まであきらめず、しっかりやって。甲子園に連れて行ってね」

 夏が始まり、2人は約束した。「負けても泣かんとこう」。愛媛大会は優勝。あと2勝で全国制覇のところで、大阪桐蔭に敗れた。試合後の取材エリア。太陽に涙はなかった。

 「悔いは全くないです。選手として親を甲子園に連れてきてあげられなかったけど、仲間が連れてきてくれた。少しは恩返しができたかな。母が産んでくれなかったら、野球にも出会ってないし、甲子園のベンチにも入れなかった。本当に母には感謝しかないです」
潮流ならぬイルカに遭遇―。愛媛県今治市の大島沖で10日、潮流体験船の周囲に20~30頭の群れが突然姿を現し、乗客を驚かせた。
西日本豪雨で大きな被害を受けた愛媛県で、発生から1カ月余りのボランティア参加人数が岡山県や広島県の半数以下と低迷していることが17日、分かった。受け入れの前提となる支援ニーズの把握が進んでいないとの指摘もあり「被害が隠れたまま、ボランティアへの関心が薄れてしまうのでは」と懸念する声が上がっている。
 全国社会福祉協議会によると、今月15日までのボランティア参加人数は岡山県が約5万6千人、広島県が約7万2千人だったのに対し、愛媛県は約2万3千人。愛媛の被災地の多くが、岡山や広島の被災地に比べるとアクセスしにくいという地理的な要因も背景にあるとみられる。
 岡山や広島では土日にボランティアが増加する傾向が顕著だが、両県に比べると愛媛では鈍い。